夕立に笑われて

愛媛の大学生がアメリカのディズニーで働いた後、都内のVCで働いて、また愛媛に戻ってきたお話。

春からリクルートで働きます。

春からは、新卒でリクルートに入社することになりました。

 

 

配属先や勤務地はまだ未定ですが、来年4月から日本の何処かでは働いていると思います。

 

 

学生生活の中で大きなイベントでもある就職活動を終えたということで、これまでの自分の学生生活と就職活動中に何度も行った「自己分析」とともに、備忘録として今回久しぶりに投稿しようかなと思います。

 

 

就職活動って、基本いつも「学生時代に頑張ったことはなんですか」とか「失敗した経験はなんですか」とか聞かれますよね。

 

 

振り返ると僕の学生生活って、失敗しまくりだったなと。

イベント団体立ち上げて代表やって、失敗して50万円近く丸かぶりしたこともありました。

今となっては笑い話ですが、それだけいろんなことにチャレンジできていたなと思ったり。

 

 

 

僕は大学受験で大コケしました。

仲の良かった高校の友人がみんな都内の有名大学に進学していった一方で、僕は地元の愛媛に残ることになりました。

 

 

最初の合格通知を貰うまでに受け取った不合格通知は、8枚。

サッカーばっかりやってたくせに、進学校にいるというプライドだけでレベルの高いところを受けまくり全部落ちました。

今でもあの時の感情は忘れられません。

 

 

 

地元に残ったおかげで、愛媛の良さを改めて再認識できたし今は生まれ育った地元の大学に進学できたことを誇りに思っています。

 

でもやっぱり悔しかった。

 

 

 

その後の僕の大学生活は、「反骨心」と「感謝」で集約されていました。

 

「反骨心」というと反抗的な言葉にも聞こえるかもしれませんが、僕は地元の大学に残ってから拭えない劣等感を常に感じて生活してきました。

地元は好きです。その地元の大学も大好きです。

 

でもやっぱり、18歳の冬に経験した紙切れ一枚で自分を全否定されたように感じる地獄のような4ヶ月間は忘れられませんでした。

 

大学進学後も、もやもやした感情のまま好きだったサッカーを続けていました。

 

 

 

転機は、2年生に進学する前に参加したフィリピンのストリートチルドレン支援ボランティア。

単身フィリピンに飛んで、現地マニラの子供達に会いに行きました。

 

服のない子供、道路で物乞いをする子供、昼食に小さな魚3匹を11人でシェアする家族、学校にはいけず、読み書きもできない。

 

言葉がありませんでした。

どれだけ自分たちの、今の自分が傲慢であるかを。

 

 

帰国直前、近所のスーパーでサッカーボールを買いました。

近くの広場で子供達とサッカーをしようと思ったからです。

 

30人以上の子供達と一緒にボールを蹴りました。

今でも、あの2時間は忘れられません。

 

サッカーが終わって子供達にボールをあげました。

子供達の中でも少し年上で英語が話せる男の子が「これでまたみんなとサッカーができる!」

 

めちゃくちゃ感謝されました。

サッカーボール一つで、現地の子供数十人のサッカーコミュニティができました。

 

 

何かが吹っ切れたのはこの時です。

感謝したいのは僕の方だ、自分の悩みとかちっちぇなと。

 

それから帰国して、僕も誰かを笑顔にできる人間になりたいと本気で考えるようになりました。

 

方法はわかりませんでした。

 

でもフィリピンで一緒にサッカーをした彼らを思い出して、とにかくなんでも思いついたらやって見るスタイルを貫きました。

 

 

 

 

それからは、

 

 

・県内企業で大学2年からインターンを始め、何もできない自分に愕然としながら食らいついて

・愛媛で学生と社会人の交流ワークショップを開いて50人とつながりができて、

・マレーシアで国際カンファレンスに出て、世界の学生との差を痛感して、

ウェールズに飛んで現地のサイクリングチームにも所属してレースにも参加して、

・初めて地元のビジコンに参加して、物を売るということを知って優勝もして、

・学生の新年会を愛媛で開催して、80人くらい仲間ができて、

・いろんなサマーインターンシップに参加して、学歴いじめ受けたりしながらも必死に食らいついて、

・愛媛の就活にももっと選択肢を増やしたくて、エンカレッジ愛媛立ち上げやったりして、

・初めて真剣にビジネスと向き合って、事業案を銀行のビジコンでプレゼンして実際にテスト運用もやってみて、

・学生イベント団体立ち上げて、全部1から始めて半年間準備してイベント当日200人きてくれたけど50万円近く赤字被って、でも今は3期目まで大きくなってくれてて、

・気づいたらアメリカのディズニーで1年間働いていて、

 

 

そして今はベンチャーキャピタルで働くことになって日々もがきながら食らいついてて。

 

 

気づけばたくさんの方に応援してもらって、支えてくれる多くの後輩や、困ったときにいつでも指南してくださる先輩方に囲まれていました。

 

 

 

 

僕は、将来大好きな地元松山の市長になります。

 

 

美味しい海の幸と、豊富な柑橘類。

伝統ある温泉街と、豊かな自然。

温かい市民、町民の優しさ、主婦や学生の皆さんから住みやすい街と毎年高評価をいただいている松山。

 

松山、愛媛は全国でもトップクラスの魅力ある場所だと自負しています。

 

 

そんな大好きな場所を、今月大規模な豪雨災害が襲いました。

愛媛県での被害も計り知れないものでした。

 

しかし、先日参加したFC今治のボランティアにて。

多くのファンの皆様が、炎天下の中選手の応援だけでなく、被災地に向けて水やタオルといった支援物資をスタジアムまで持ってきてくださいました。

辛い時こそ、地域住民全員が協力しあって被災した愛媛の街を支える。

 

 

大好きな町民の笑顔を、これからの松山市でも同様に守っていきたいです。

 

 

大学受験の失敗と劣等感は、今は微塵も感じていません。

むしろ、地元の大学に進学できたことにとても感謝しています。

 

 

今はまだ個人の力は大きくありませんが、大学で学んだ失敗と感謝とともに、将来松山に必ず戻って僕を育ててくれた地元の方々へ恩返しをしたいです。

 

 

 

そのためのファーストキャリアとして、抱える課題感に対して1年目から自走出来るリクルートという会社を選択しました。

 

 

この選択をポジティブに捉えられるよう、常に課題と目標設定を忘れず、4月から精進したいと思います。

 

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