夕立に笑われて

愛媛の大学生が、大好きな地元のことを紹介したり、旅行の記録を綴るよ。

愛媛の伝統工芸「砥部焼」をご紹介!

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すっかり冬ですね。

今日は愛媛県砥部町に出向き、「砥部焼」の勉強をしに行ってきました。

 

 

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今朝の砥部町は最低気温がなんと0℃。

凍てつくような寒さでしたが、自宅付近からバスで30分ほど、現地でレンタサイクル(300円/日)を借りて、砥部焼の窯元をいくつか巡ることにしました。

 

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※レンタサイクルをお借りした「砥部焼伝統産業会館」。

町内に2か所ある砥部焼のレンタサイクルのスポットの1つです。

 

 

 

 

 

砥部焼」とは?

 

ところで先ほどから出てきている「砥部焼」という言葉ですか、皆さんは聞いたことはありますか?

愛媛県の人ならひょっとすると馴染みのある人も多いかもしれませんが、県外の方などは知らない方も多いかもしれませんね。

 

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焼き物の産地といえば、熊本の有田焼をはじめとして、金沢や北海道、伊豆なども有名な窯元がいくつかありますよね。

 

 

そんな中でも砥部焼の歴史は古く、安永6年(1777年)に杉野丈助さんということが、白磁焼成に成功したことに始まると言われています。

明治初期に入るとますますその人気は高まり、そのデザインと風合いから「象牙で作られている焼き物が日本にある」という噂が海を越えて伝わり、ピーク時は生産量の7割が世界に輸出されていたほどです。

 

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※正確には、砥部焼の染付の藍色と当時のデザインが相まって「象牙で作られた」と誤認識されていたようです。笑(窯元さん談)

 

 

誤認識をのぞいてもなお砥部焼の人気は高く、当時の砥部町には芸者さんも多くいた歴史があるなど、大変活気のある場所でした。

 

しかし、その後の世界恐慌や戦争を受けて、砥部町の窯元はほとんど焼けてしまいました。


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人間国宝「山本陶秀」氏に師事した、笹山準一氏のぐい呑のグラス。

 

戦後、民芸運動の父といわれた柳宗悦しらが来砥し、手仕事の技術が残っている砥部を高く評価し、絵付けやデザインの向上を後押ししたことが、現在の砥部焼のスタイルを確立することになりました。


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※ワイングラスのセット

 

また昭和51年、砥部焼は国の伝統工芸品にも指定されました。

 

そして現在では、戦後の復興ののち多くの窯元が誕生し、現在では100ほどの窯元が砥部町にはあります。

 

 

フィリピン人女性が造る砥部焼

東窯(Higashi-gama)

 

 

そんな数ある砥部焼の窯元の中で、とてもユニークな窯元を今日発見しました。

 

それが「東窯」という、フィリピン人女性が造る砥部焼です。


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とてもポップで可愛らしい砥部焼が特徴のこちらの窯元。


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女性らしい華やかさも併せ持つこちらは、東京の日本橋でも個展を開催されるなど、全国でも有名な窯元さんとのことでした。


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※こちらは1つ数万円にもなる「ぐい呑」グラスです。

 

 

最後に

 

本日は、愛媛県砥部町の伝統産業である「砥部焼」をご紹介しました。

 

砥部町では、こうした陶器を見学したり購入するだけでなく、絵付けの体験もできたりします!

是非愛媛県にお越しの際は、砥部町の伝統工芸品に触れてみては。

 

 

※そのほかの愛媛の見どころはこちらからも⇩

www.iyonorevolutionist.com

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それでは!

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